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金戒光明寺(くろ谷さん) 山越阿弥陀と会津魂

金戒光明寺お薦め仏像・仏画
渡海文殊菩薩像と山越阿弥陀画

法然上人が比叡山の黒谷を下り草庵を結んだ地で浄土宗最初の寺院です。
比叡山の地を元黒谷、この地を新黒谷と呼んでいましたが 後にそのまま黒谷と呼ばれるようになりました。

◆金戒光明寺(くろ谷さん)みどころ

比叡山を下りられこの地の山頂の石の上で念仏を唱えると 紫雲が立ち上り光明が辺りを照らしたとされることから 紫雲山光明寺と号していましたが、のちに後光厳天皇より金戒の二字を賜り金戒光明寺となりました。
山門には御小松天皇による「浄土真宗最初門」の勅額が掲げられ 法然上人二十五霊場の第24番霊場で、浄土宗七大本山の一つです。

幕末に京都守護職に就いた松平容保が本陣を置いたお寺として知られ、境内には会津藩士と「会津小鉄」のお墓があります。
会津小鉄は賊軍となってしまった藩士の遺体を集めて供養したと伝わり、塔頭寺院の西雲院では今でも追悼法要が行われています。
近藤・芹沢両氏が容保に拝謁がかなったのがこの地で、後に「新撰組(新選組)」の名を拝名しました。

渡海文殊・おとめの如来

阿弥陀堂はこのお寺で一番古い建物で、本尊の阿弥陀如来は 恵心僧都最後の作と伝わり「おとめの如来」「ノミおさめ如来」と呼ばれています。
天井には雲竜図が描かれています。

御影堂に祀られている文殊菩薩と脇侍は運慶作と伝わり 本来は三重塔のご本尊でしたが法然上人800年遠忌の際にご遷座されました。
渡海文殊」像で優填王(うてんおう)・仏陀波利三蔵(ぶっだはりさんぞう) 最勝老人・善哉童子を従え江戸期の文献では本朝三文殊の一つとされ古くより信仰されてきました。 (現在は日本三文殊は奈良の安倍の文殊・京都天橋立の切戸の文殊・山形の亀岡の文殊とされています。)

安倍文殊院の像に比べれば少し小ぶりですが、この仏さまをはじめて拝ませていただいたときには正直その迫力に驚きました。
学業成就の神様として合格祈願に訪れる方も絶えません。
また「吉備観音」と呼ばれる千手観音も祀られています。
吉備真備が唐より帰国する際に難破しそうになり、南無観世音菩薩と唱えたところ難を逃れることができ、 唐より持ち帰った香木で行基に観音様を彫ってもらったのがこの像と伝わります。
古くより皇室から厚く信仰され、安産守護の本尊として祀られてきました。
また吉備真備が2度も唐に渡り無事帰国したことから、江戸時代には道中安全・諸願成就のご利益があるとして信仰されました。

振り返るとそこには山越阿弥陀(やまごしあみだ)様が祀られていて、五色の糸で結ばれた撞木で鐘をたたくと阿弥陀様との縁が結ばれると書かれています。
禅林寺(永観堂)本と共に金戒光明寺本と言われる鎌倉末期の秀逸品です。
御影堂にお参りされた際は文殊様や観音様にばかり目を奪われていないで 振り返って見てください。
でも・・・阿弥陀様と5色のひもって・・・臨終のお迎えの時にじゃなかったかな・・・

「紫雲の庭」とハートの敷石

特別公開時に見ることができる庭園は、枯山水の庭・露地庭園・大池を回遊する北庭と、異なる表情を見せるお庭がつながっています。

まずは法然上人800年大御遠忌記念として2012年に作庭された、法然上人の生涯やゆかりの人々などを大小の庭石で表現した枯山水庭園「紫雲の庭」。
(こちらは京都で数々の文化財のお庭を修復されている「植彌加藤造園」さんが作庭されています。)
こちらのお庭を歩いて進んでいくと、池泉回遊式の北庭につながります。

北庭には大池(鎧之池)がありますが、源平の合戦・一ノ谷の戦いでまだ16歳だった平敦盛を討った熊谷直実がこの地に法然上人を訪ね、こちらの池で鎧を洗い境内の松に鎧をかけて出家したとされることから「鎧之池」と呼ばれるようになったと伝わります。
御影堂前にはこの時鎧をかけたとされる松(3代目)も残され、供養塔もあります。

続く「ご縁の道」は麒麟の川島明さんがTV番組の企画で作庭に参加されていて、石畳の中にはハートの敷石や石でできた亀のモチーフが33カ所あるそうです。
茶室「紫雲亭」「花峯庵」前には落ち着きのある露地庭園が広がります。
秋にはライトアップされ、昼間とは違った幻想的な景色を楽しむことができます。

三重塔へ続く階段には石のアフロ仏

京都市内を一望にできる山門には、中央に宝冠釈迦如来・脇侍に普賢・文殊菩薩 そして十六羅漢が安置され、天井には蟠龍図が描かれています。
美しい庭園と共に秋に特別公開されています。

御影堂から阿弥陀堂脇を下ってくると蓮池に出て、こちらにかかる「極楽橋」を渡れば、徳川秀忠の菩提を弔うために建立された三重塔(文殊塔)につながります。塔につながる階段の途中(階段を10段ほど登ったところ)には、アフロ仏として知られる五劫思惟阿弥陀像などもあり(お寺のお土産にこの仏様をイメージしたカラフルな金平糖が売られています) みどころの多いお寺です。

私たちはいつもこちらのお寺を訪れるとき山門側ではなく、丸太町通りから岡崎神社の脇の道を上る裏参道を使い「南門」から境内に入りますが、こちらからだと三重塔の階段下・蓮池のあたりに出ます。
蓮池にも熊谷直実の伝承が残ります。
出家を決意し、兜を置き・弓の弦を切り池に架けたことから「兜の池」ともよばれ、「極楽橋」はこの弓の形を起源としていると伝わります。

もとは春日局がお江の墓(遺髪の埋められた供養塔)に詣でるために、木造の橋を架けたのが始まりと言われ、のちにお江の夫・2代将軍 徳川秀忠の菩提を弔うために三重塔が建立された際に、石の橋にかけ替えられたと伝わります。
橋の付近も桜や紅葉の季節にはきれいな景色が広がります。

幕末の息吹を感じる塔頭寺院

金戒光明寺には18の塔頭寺院がありますが、公開されている寺院はあまりありません。

西雲院」では鳥羽伏見の戦いで亡くなった会津藩士352名のお墓があり、今でも毎年追悼法要が行われています。
また法然上人が座ったとされる「紫雲石」を金戒光明寺より賜りお堂が建てられています。

常光院」は通称「八つはしでら」と呼ばれ、江戸初期に琴の演奏の基礎を作った琴曲家・八橋検校の菩提寺です。
命日には琴の演奏が奉納されます。死後に八ツ橋検校の功績をしのんで、琴の形に似せた干菓子を作り「八ツ橋」と名づけたとの説があります。

JR京都駅からアクセス

・市バス5系統(銀閣寺・岩倉行き)で「東天王町」下車して徒歩15分ほど
(岡崎神社の脇を抜けると「南門」へ出るのでもう少し早く着きます)
・市バス105系統(平安神宮・銀閣寺行き)で「岡崎神社前」下車して南門まで徒歩5分ほど

拝観時間・拝観料など

境内無料
祈願・お札授与などは 9:00~15:30受付終了

秋の特別公開
11月~12月
御影堂・大方丈・庭園・山門の特別公開です。
山門は別料金で、共通券あります。

紅葉のライトアップと夜間特別拝観
11月~12月
御影堂・大方丈・庭園のみ(昼夜入れ替え制)
夜間は山門の拝観ができません。

公開日時や料金などは毎年変更がありますので、詳細は金戒光明寺公式SNSでご確認くださいませ。

◆金戒光明寺周辺地図

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