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寺田屋 幕末の息吹を感じる

江戸時代には水運の要だった伏見の地にあった船宿の一つです。
現在の建物は当時の建物を参考に再建されたもので龍馬遭難の地として有名な幕末の史跡です。

併せて廻る薩摩藩伏見屋敷跡、材木小屋跡

かつて伏見は水路で京都へアクセスするための交通の要所で、十石船や三十石船と呼ばれる船での 人や物の往来が盛んで、寺田屋は乗船客相手の宿の一つでした。
薩摩藩の定宿になっていたことから、幕末に2度も大きな歴史の舞台になっています。
1度目は1862年に起こった薩摩藩士の同士討ち「寺田屋騒動」です。
急進派の薩摩藩士が関白九条尚忠と京都所司代の襲撃を計画し寺田屋に集結していたものを 藩主の父であった島津久光によって鎮撫されたものです。
数名はその場で討たれ、残りは送還され計画は阻止されました。

そして坂本龍馬。薩長同盟を成し遂げ長州の三吉慎蔵らと寺田屋に滞在中、真夜中に伏見奉行所の捕り方に襲撃された「寺田屋遭難」です。
この際お風呂に入っていたお龍が異変に気付き、裸同然で2階に駆け上がり危険を知らせる場面は、ドラマでも映画でも小説でも見せ場の一つです。
龍馬は高杉晋作からもらったピストルで応戦するも指に重傷を負い、屋根づたいに何とか逃れ近くの材木小屋で救援を待ち、この知らせに駆け付けた薩摩藩士によって救出されました。
いまでも近くには材木小屋の跡薩摩藩伏見屋敷の跡などが残ります。

再建された寺田屋

寺田屋は、現在も泊まれます。但し、注意事項(原則素泊まり、飲食類持ち込み禁止など)が様々ありますので、TELにて直接、ご確認下さい
寺田屋TEL:075-622-0252(10時~20時)

当時の寺田屋は後に起こった鳥羽・伏見の激戦による兵火で焼失してしまい 現在のものは隣接する地に、もともとあった建物を参考に再建されたものとされ 跡地は公園になり龍馬の銅像や維新の頃よりあったと伝わる井戸などがあります。
再建とはいえ当時のことをあれこれ想像しながら建物を見学させていただけば、龍馬のまた幕末の息吹を十分感じることができるスポットです。
周辺には幕末の史跡が多く残り、それだけこの地が重要だったということでしょう。
目の前には今も川が流れ十石船三十石船が運行されていて 酒蔵を横目にのんびり舟遊びが楽しめます。

京都駅からアクセス

京都駅から市バス81系統「京橋」下車徒歩1~2分ほど
または近鉄京都線「桃山御陵前」駅から徒歩15分ほど

参観時間

10:00~16:00(15:40受付終了)
月曜不定休、1月1日~3日休み
大人600円  宿泊もできます。

寺田屋周辺地図

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