法然上人に帰依し出家した左大臣・大炊御門経宗(おおいいみかどむねつね)により創建された浄土宗の寺院です。
平安時代後期に創建された当時は一条新町付近、内裏の西にあったため西方寺と呼ばれたと伝わります。
数度の移転の後、現在の地に落ち着きました。
洛陽四十八願所地蔵めぐりの第二十五番札所
こじんまりとしたお寺ですが本尊は丈六の阿弥陀如来坐像。
白川天皇の勅願により建てられた法性寺の遺仏と伝わり、 光背には三千体以上の化仏をいただく堂々たるお姿で国の重要文化財に指定されています。
そして本尊の横にある等身大の豊臣秀吉木造は生前の姿に一番近いといわれています。
境内の地蔵堂には衣通姫(そとおりひめ)地蔵が安置され、 洛陽四十八願所地蔵めぐりの第二十五番札所になっていて、 厄除けや安産にご利益があるといわれています。
允恭天皇の皇女とも寵妃とも伝わり、美が衣を通しても表れてしまうと「衣通姫」と呼ばれ、7歳で疫病にかかって亡くなりましたが、冥途でお地蔵さまを拝して蘇生することができたので、その報恩のために造られたといわれています。
通常は非公開ですが特別公開されることもあります。
JR京都駅からアクセス
市バス206系統(三十三間堂 清水寺 祇園・北大路バスターミナル行き)で「東山二条・岡崎公園口」下車すぐ
拝観時間
通常非公開
特別公開されることもあります。