無鄰菴(むりんあん)は明治に造られた山縣有朋(やまがたありとも)の別荘です。
いわゆる南禅寺界隈別荘群と呼ばれる15の別荘のうち最初に造られたもので、唯一通年で公開され琵琶疏水を取り入れた庭園は国の名勝に指定されています。
無鄰菴のみどころとアクセス
無鄰菴は庭園と母屋・洋館・茶室からなり、庭園は山縣有朋の設計で京都御苑・平安神宮神苑・円山公園など名だたる庭園を作庭した七代目小川治兵衛が手がけたものです。
洋館には日露戦争直前の日本の外交方針を決める「無鄰菴会議」に使われた部屋も残り、母屋ではカフェが営業されていて庭を眺めながらオリジナルの甘味やお茶を楽しむことができます。
開場時間と入場料など
季節によって開場時間が違います。受け付け終了はそれぞれ閉場30分前までです。
12月29日~12月31日は休場日です。
期間 | 時間 | 入場料金 |
4月~6月 | 8:30~18:00 | 410円 小学生未満は無料 |
7月~8月 | 7:30~18:00 | |
9月~10月 | 8:30~18:00 | |
11月 | 7:30~17:00 | |
12月~3月 | 8:30~17:00 |
庭園カフェ
9:00~16:30 | ドリンクセット600円~など |
季節の限定茶菓子席1000円(二十四節季に無鄰菴限定のお菓子と抹茶のセットが数量限定で提供されています) |
JR京都駅からのアクセスと周辺の観光名所
1・市バス5系統・100系統・110系統「岡崎公園 美術館・平安神宮前」下車して徒歩10分ほど
2・地下鉄烏丸線(国際会館行き)で「烏丸御池駅」下車して、地下鉄東西線(六地蔵行き)に乗り換え「蹴上(けあげ)駅」下車して徒歩10分ほど
無鄰菴周辺の観光名所
無鄰菴はいわゆる南禅寺別荘群にあるので「南禅寺」は徒歩圏内です。
目の前に流れる琵琶湖疏水には3月~5月の桜の時期に、すぐ近くの乗船場から「岡崎十石船」が運行され水上からお花見を楽しむことができます。乗船場から仁王門通りを蹴上駅方面へ歩いてゆけば「ねじりまんぽ」があります。歩行者用のレンガづくりのトンネルで、耐久性を高めるために斜めに積まれたレンガがねじれているように見えることからそのように通称で呼ばれています。
ねじりまんぽの上には桜の季節に観光客であふれる「蹴上インクライン」があります。琵琶湖疏水を使った舟運ルートの途中の斜面に荷物を積んだままの舟を往復させるために敷設された鉄道跡で、坂道の上にある「蹴上疏水公園」からは岡崎周辺の眺望を楽しめます(桜の季節以外は静かな公園です)。公園から疏水分水をたどると南禅寺の「水路閣」へとつながります。南禅寺を北へ行けば紅葉とみかえり阿弥陀様で名高い「永観堂」があり、さらに北には「哲学の道」が銀閣寺へと続きます。
北西には平安神宮があり、境内には時代祭をいつでも楽しめる「京都・時代祭館 十二十二(トニトニ)」があります。京都国立近代美術館・京都市美術館・細見美術館など美術館も多く、みやこめっせ内にある京都伝統産業ふれあい館では伝統工芸の体験教室等があり気軽に旅の思い出作りができます。ローランドゴリラの繁殖で知られる「京都市動物園」も近くです。
南側には親鸞聖人お手植えと伝わる大楠が有名な青蓮院門跡(余談ですが・・こちらの大楠は東山魁夷の絵や、川端康成の小説にも登場する樹齢800年を超えるといわれる見事な大木でしたが、枯れてしまった大枝が2018年に伐採されました。残った枝から葉が茂りはじめていて何とか持ちこたえてほしいと願っています)、さらには知恩院・円山公園と続き東山散策が楽しめるスポットです。
琵琶湖疏水の流れる無鄰菴庭園
山縣有朋は明治から大正にかけての軍人で政治家、元長州藩士で吉田松陰の開いた松下村塾に学び、高杉晋作の創設した奇兵隊で頭角を現し、明治維新後は伊藤博文らと元老として天皇を補佐して国家の重要事項を決定する立場にありました。
無鄰菴はそんな山縣有朋の別荘として、1894年(明治27年)~1896年にかけて造営されました。
有朋自身の設計により、七代目小川治兵衛によって作庭された広大な庭園は、東山を借景に琵琶湖疏水を直接引いた小川が流れる池泉回遊式庭園です。有朋の好みで当時は珍しかった芝生が敷かれ、草花や低木の刈込で明るい里山の景色を彷彿とさせ、東山を背景にした木立の中には醍醐寺三宝院を模したといわれる三段組みの滝が流れ落ちます。多湿の気候によって苔が次第に多くなり今では50種以上の苔も広がります。
日本庭園では珍しいモミの木なども植えられ、和と西洋のテイストの入り混じった近代庭園の先駆けといわれます。
南禅寺界隈別荘群
幕末から明治にかけて寺院は神仏分離令と社寺上知令によって多くの寺領を失いました。社寺上知令とは江戸幕府や明治政府が出した土地没収の命令で、南禅寺も例外ではなく現在の境内地を除いたすべての寺域が没収され民間に払い下げられました。
東京に天皇が遷られ活気を失った京都の近代化政策により琵琶湖疏水が計画され、水車動力によって南禅寺・岡崎一帯に工場を誘致し工業化する計画が持ち上がりますが、水車は京都にそぐわないと水力発電に計画が変更されたことによって工業化は免れ、のちに東山一帯の風致保存と宅地化が推進されたことによって、この地に政財界の人々がステータスとして競って別荘を建てました。
庭園や数寄屋建築(茶室風建築)に趣向を凝らし、琵琶湖疏水と東山の借景を取り入れた多くの庭園を七代目小川治兵衛が手掛け、国の名勝や市の名勝に指定されています。
個人の所有する別荘は非公開が多くガイドブックにのらない「京都の秘境」と呼ばれることもありますが、無鄰菴を含む数カ所は施設を使用することで一般の方も見ることができます。
「白河院」は藤原良房の旧別荘で後に白河天皇に献上され、八角九重の塔があったとされる法勝寺が建っていた場所です。現在は旅館として営業されていて、無鄰菴と同じ小川治兵衛の作庭で市指定の名勝です。結婚式も行え予約をすればお食事をいただくこともできます。
「菊水」は呉服商の寺村助右衛門の旧別荘でしたが、現在は料理旅館として営業されています。こちらも小川治兵衛の作庭で、予約をすればランチ・ディナー・ティータイムなどを楽しむこともでき、結婚式も行えます。
「八千代」は雨月物語の著者上田秋成の旧邸で、現在は料理旅館と庭園レストランとして営業され結婚式も行えます。
通常非公開なのが、
・野村証券の創始者である野村徳七の「碧雲荘(へきうんそう)」
・染色事業や映画興行で有名な実業家である旧稲畑勝太郎邸の「何有荘(かいうそう)」
・京数奇屋名邸十撰に選ばれ現在はニトリの保養所になっている「對龍山荘(たいりゅうさんそう)」
・住友財閥一族の別邸だった「有芳園」(向かいにある泉屋博古館・せんおくはくこかんでは住友家が収集した美術品が公開されています)
・春と秋に事前申し込み制で公開されている「流響院」
・東郷平八郎命名による「清流邸」(WEB上で内部の写真が公開されています)
・パナソニックの創始者松下幸之助の元別荘で現パナソニックの迎賓館「真々庵」
・実業家藤田小太郎の旧邸宅「洛翠」
・西園寺公望の旧別宅で現京都大所有の「清風荘」
・北陸の銅山王と呼ばれた実業家横山隆興の旧別邸「智水庵」
・戦国武将細川幽斎の子孫で元総理大臣細川護熙の祖父細川護立の旧別邸で、別荘群の中で最後に新設された「怡園(いえん)」等です。
※(掲載されているサイトによって15カ所の場所がまちまちで、「旧南禅寺ぎんもんど」(小林吟右門旧別邸)、「桜鶴苑」(現結婚式場)を上げられるられるところもあります。)
950坪もある無鄰菴でも十分広くてこれが個人の別荘だったのかとため息が出ますが、大きいところでは7000坪あるといい維持するだけでも年間数億かかるとのこと。維持できずに所有者が変わることもあり、公開されていたところが非公開になったり、逆に公開されるようになることもあるようです。
東山を望める庭園を眺めながらお茶できるなんて、贅沢。お庭に興味のある方もない方も夢のような時間の過ごせる場所でしょう。