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方広寺 国家安康・君臣豊楽

豊臣秀吉が大仏を京都に造立することを発願し、その大仏を安置するために建てられたのが方広寺です。
度重なる地震や火災によって焼け落ち、何度も再興されましたが 昭和の火災で焼け落ちたのを最後に復興はされず 現在は大仏殿跡が公園として残るのみになっています。

木造大仏と・梵鐘「国家安康・君臣豊楽」

秀吉が東大寺の大仏に匹敵する仏さまを京都に造立することを発願して、高さ18メートルを超える木造の大仏様(毘盧遮那仏)を祀り、仏殿も東大寺のそれをしのぐ程だったと伝わります。
初代のものは一年ほどで地震によって倒壊してしまい、怒った秀吉が大仏にむかって矢を放ったといわれる逸話も残ります。
息子の秀頼が2代目の仏像を金銅で復興していましたが、鋳造中に火災が発生し仏殿もろとも消失。
その後なんとか再建されるも、今度はあの事件です。釣鐘の銘文事件をきっかけに豊臣家が滅ぼされてしまいます。

地震によって倒壊したのち、3代目が造立されましたが、落雷によって消失。4代目まで再建されましたが失火による火災で焼失。
それ以降は再建されることなく現在に至ります。
徳川の時代になっても再建され続けたのですから、信仰はされていたと思うのですが、何とも切ないお話です・・・
方広寺本堂には10分の1サイズの大仏様や大仏眉間仏、また大黒堂には秀吉の稔侍物であった大黒天などが安置され公開されています。

跡地は「方広寺大仏殿跡及び石塁・石塔」として国指定の史跡になっています。
公園として整備され発掘調査の結果、現在の東大寺大仏殿よりも大きなお堂だったことがわかっています。
京都国立博物館の周囲には巨大な石垣の一部も残り、大仏前や正面通り(大仏殿の正面へつながる通りの意)などの地名も残されています。

そして境内にはあの釣鐘です。金地院崇伝のアイディアともいわれる、「国家安康」「君臣豊楽」です。
豊臣家滅亡のきっかけにもなったといわれる銘は今も釣鐘に刻まれ(中央より少し上のほうで白く縁取りされています) ひっそりとたたずんでいます。 鐘楼には彩色の残る天井画が描かれ、 東大寺・知恩院と共に日本三大梵鐘として国の重要文化財に指定されています。

JR京都駅からアクセス

・市バス206系統(三十三間堂 清水寺 祇園・北大路バスターミナル行き)で「博物館三十三間堂前」下車して徒歩5分ほど
・市バス208系統(博物館 三十三間堂 泉涌寺・東福寺行き)で「博物館三十三間堂前」下車して徒歩5分ほど

・市バス206系統(三十三間堂 清水寺 祇園・北大路バスターミナル行き)で「馬町」下車して徒歩5分ほど
京阪「七条」駅下車徒歩10分ほど

※隣に豊国神社があります。

拝観時間

境内自由
本堂9:00~16:00

◆方広寺周辺地図

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