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御香宮神社 「御香水」と「花傘まつり」

創建は不明ながら古くより信仰される神社で 「日本第一安産守護之大神」として神功皇后を祀り、夫の仲哀天皇・御子の応神天皇のほかに6柱の神様がお祀りされています。臨月の身で出兵されたのちに応神天皇を無事出産されたとされる伝承から、安産・子育ての神様として信仰を集めています。

伏見7名水「御香水」

平安時代には境内から香りのよい水が湧き出て、これを飲むと病が治ったため 清和天皇より「御香宮」の名前を賜ったとされています。
「ごこんさん」と呼ばれ、旧伏見町一帯の氏神様として信仰されています。
境内に沸く「御香水」は伏見7名水の一つで、今でも病気平癒を願ってこの水を求めに訪れる方が絶えません。
神社の名前の由来にもなっているこのお水は、後の徳川御三家の祖となる 徳川頼宣・頼房・義直が産湯に使ったとも伝わり、一度は涸れてしまったものの昭和に復元され現在に至ります。

 徳川・豊臣ゆかりの神社

豊臣秀吉が朝鮮へ出兵する際に戦勝祈願に、金熨斗付糸巻太刀(きんのしづきいとまきたち)を願文を添えて奉納(現在は東京国立博物館に寄託)されていますが、神功皇后が朝鮮へ出兵された伝承にあやかってのものとも言われます。
秀吉の伏見城築城の際には鬼門よけの神として城内に御香宮神社を勧請し社領300石を寄進しています。
没後に徳川家康によって神社は元の位置に戻され本殿が造営されていますが、伏見城内にあった宮は古御香宮(ふるごこうのみや)と呼ばれ現在も残り、10月に行われる神幸祭では神輿の御旅所として、神輿の渡御が行われています。

初代水戸藩主・徳川頼房が拝領し寄進された伏見城の大手門が移築されたのが現在の表門で、本殿・表門ともに国の重要文化財に指定されています。
家康・秀吉ともにゆかりのある神社ですが、豊国社(祭神・豊臣秀吉)と東照宮(祭神・徳川家康)が同じ境内に祀られているのは非常に珍しいです。

鳥羽伏見の戦いでは、薩摩軍(官軍)の屯所になりましたが 幸い戦火は免れています。

境内にある庭園は元は伏見奉行所に小堀遠州によって造られた枯山水の石庭で、1957年に昭和の小堀遠州と呼ばれた中根金作が遠州流の手法を用いて移築・作庭しなおしたものです。理想郷とされる蓬莱島や長寿のシンボルである鶴と亀がそれぞれ石によって表現されています。
在銘のものとしては非常に珍しい文明9年の銘がある手水鉢、後水尾天皇が命名された「ところがらの藤」や、秀吉が各地から集めた椿の一つ、五色の散り椿などもある落ち着いた雰囲気の心癒される庭園です。

御神幸祭「花傘まつり」

毎年10月に9日間に渡って行われる神幸祭は伏見随一のお祭りで、もとは重陽の節句(旧歴9月9日・菊の節句)に行われる、伏見一帯の総鎮守のお祭りだったために「伏見祭」と呼ばれます。
お祭りの初日と最終日には各町内からお迎え提灯として、趣向を凝らした大小の花傘が「アラウンヨイヨイ、アラウントマカセ」の掛け声とともに神社に参拝する「花傘総参宮」が有名で、別名「花傘まつり」とも呼ばれ、室町時代の風流傘(祭礼に使われる長柄の飾り立てられた傘・傘鉾)の伝統を今に伝えています。
クライマックスには獅子・猿田彦命・神輿・乗馬の順番で三基の神輿の巡行が行われます。
家康の孫娘・千姫誕生の祝いに奉納された「千姫神輿」一基が巡行していましたが、あまりの重さに現在ではお祭りの際に公開されるのみになっています。
期間中には謡曲・民謡・神楽の奉納などもあり、境内には露店も出展される大変にぎやかなお祭りです。

京都駅からのアクセス

・市バス81系統(竹田駅東口 中書島・横大路車庫行き)で「西大手筋」下車して徒歩15分ほど

・JR奈良線「桃山駅」下車して徒歩10分ほど

・近鉄京都線「桃山御陵前駅」下車して徒歩5分ほど

◆御香宮神社拝観時間

境内自由 社務所9:00~16:00
御香水は7:00~19:00の間・自由に汲めます

◆御香宮神社周辺地図

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